2011年6月2日木曜日

とにかく最後まで成し遂げたかった、黒澤明生誕100年IN比叡山

お見立てによると、
私の主君はおそらく信長か?

秀吉なら、火ではなく、
水攻めなので水が見えたそうな。



今回私は、黒澤明生誕100年IN比叡山という催事に出合う縁を得た。


この仕事を持ちかけられたとき、
待ちに待った、
ものすごいチャンスだと思った。

そのときは、
「ビッグイベントだからやりたい」
というだけ。


お金がもらえるかどうか関わらず、
やり遂げたいとおもった。


やり遂げることで、
仕事か、お金か、なにかしらの地位か、
いろいろなことが手に入る。
まったく期待しないといったら、
うそになる。

期待もしていたし、
まわりの期待に応えようとしてやった。


でも、もし何か仕事か、お金か、なにかしらの地位か、
手に入らなかったとしても後悔はしない。

正確に言うと、
後悔しないと、自分に言い聞かせてきた。

突き動かされたように、
何が何でも最後まで成し遂げたいと思った。

このために今まで、生涯かけて、いろいろなことを準備してきた。

全身全霊の総力戦。

無我夢中でやり遂げようとした。

職場にもかなり無理を言って、
この催事をとにかく、
最後までなし遂げたいと思った。



実は、前世ではたせなかった、
無念の死をはらすためだった。

それを淳彰先生に、
指摘された。


ひょっとして比叡山にとって、
黒澤明生誕100年IN比叡山の催事は、
焼き討ちに値するほどものかもしれない。

ある関係者が言っていたのを、
言づてに聞いた。



延暦寺が、
外部者を入れて何かをやったのは、
初めてだと聞いたことがある。


天皇家に由来をもつ延暦寺、
1200年の歴史、
1200年、日本の都、京都を守ってきた。

日本の平安を作ることに、貢献してきた。

この催事の運営に関われた人は、
ものすごい幸運に恵まれた。


催事に関わる縁がありそうだったにもかかわらず、
全員が全員、関われたわけでなかった。


きっと何か前世に、
比叡山に縁があった(のだろう)。

0 件のコメント:

コメントを投稿