2011年4月14日木曜日

見えないものとの出会い、神様はたぶんいるのでしょう

比叡山で不思議な体験しました。



私の理解を超えてました。



いずれ別の機会に書きますが、
一部紹介します。




真冬の、誰もこないひっそりとしたお堂。




輪番でお堂を守っている、
足を悪くしているお坊さん。




凍傷で「足の裏が痛い痛い」といかにも痛そうでした。




でも、そのお堂にいた神様は、
「オレは今、休んでいるんだ」



「輪番のお坊さんが祈っている、
祈ってはいるが、あいつは自分のためにだけ祈っている」




輪番さんがきちんとお堂を守ってくれていないことに、
怒っていました。




夫婦、恋愛の運がアップする、
木と木が接吻しているような、
不思議な木もありました。


大黒堂に行くと、
熱心に念仏を唱えている先客がいました。



念仏を唱える方に、



「それ以上、祈るでない」



いきなり淳彰先生がひっくりかえり、
声が裏返って言ったんです。



私の目の前でひっくり返ったときは、
正直どうしようか。


「救急車!」
呼ぼうかと一瞬考えました。


一緒にいたお坊さんが
落ち着いているので、
私も落ち着きました。



ここの神様も、
自分の思いばかり唱える人に、
怒っていました。





神様は、本当は怖いんでしょうか。
自分の本当の気持ちに、純情というのでしょうか。



淳彰先生の話を聞いていると、そんな風に思います。




山道を歩いていて、
あるところまでくると、
体が急に重たくなる。

あるところに行くと、
急に体が軽くなる。


山道の勾配と、
必ずしも必然的ではないんです。


気持ちまで、変わるんです。


「霊が今も、自分が死んだことがわからないで、
さまよっているんです」


淳彰先生の言葉。




戦国時代の信長の焼き討ち、
比叡山で殺された人、
比叡山が殺した人、
厳しい修行、荒行。



道半ばにして、お堂や山道で行き倒れて亡くなられたお坊さん、
たくさんの方の、幸せになりたいという思いや願い、霊。




どうも私が理解する限り、
神様はとても人間くさくて、
怒りっぽい。



私たちに何か伝えようとしているんですが、
でも、特殊な能力がないと感じることは出来ない。





季節が厳しい冬に、
一度行ってみることを
おすすめします。

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